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久しぶりに昼過ぎまで寝たせいか昨夜遅くまでプカプカふかしていた水たばこのせいか、わからないけれどとにかく今日は頭が重くて最悪だった。浴槽にお湯を溜めたけど5分でのぼせて出てしまう。クマが濃くて化粧のりが悪い。右手中指のネイルが剥がれかけている。心の中のわたしが垂れるすべての不平を丸めてコートのポケットに突っ込んで家を出た。

 

バイト先では客がよく話しかけてくる。「彼氏いるの?女の子だし早く結婚しなよ」、このご時世まだそんなことを平気で言う人がいるんだなあと思いながらヘラヘラ笑ってお湯割りを作る。古いポットから立ち昇る湯気とセブンスターの煙が混ざって汚い。汚いなあ。

 

学部の性質上、ジェンダー、人種、身体的差異、などの話題はかなり慎重に取り扱う必要があって、プライベートな会話であってもそれらに関連する事象が話題に上ると少なからず空気がピリつく。それらのトピックやそれ以外をそれぞれ専門とする人がいるということは周知の事実で、相手が何を専門としているのか、何を大切にしているのかということを常に考えながら気を遣いながら、逆鱗に触れないようそろりそろりとコミュニケーションを取る必要がある。いつしかそれが当たり前になってしまった。

 

わたしは入学する前からずっと人の逆鱗に触れることを極度に恐れながら生きていて、自分なりに探り探りの会話手法を作り上げてきたのだけど、実はわたし自身の逆鱗は比較的深いところに設定されていて、よっぽどじゃない限り怒ったり傷ついたりしなかった(少なくともそれを表出することはなかった)。しかし入学して気遣いが当たり前とされる環境に身を置くことで、ムッとするハードルがずいぶん低くなったように思う。

本当はわたしは自分のことを知りたいだけで心理学なんて好きじゃないし、女性としてのわたしやわたしに求められる女性像にも何ら不満を抱いていないし、実際社会的に差別される側に立っていないからすべての差別を見て見ぬ振りできる。わたしは本当は何も気にしてないし、ヘラヘラ笑って流すこともできるし、セックスして寝れば全部忘れたことにできてしまうくせにわざわざ"敏感な自分"を演出している。もうやめる。気遣いをするわたしのことは大好きだけど気遣いを当たり前だと思うことで心ない言葉に傷つくのに疲れてしまった。わたしは傷つきやすい人のために精一杯の気遣いをするけど、それができない人のために傷つくのをやめる。

 

 

頭がずっと痛い。バイトが早く終わって駅に向かうとクリスマスの装飾で視界がキラキラしている。「お姉さん仕事帰りすか?」「無視すか?傷ついちゃうなあ」ヘアセットが微妙にダサいナンパ師は微妙にヘラヘラしてたらさっさと見切りをつけて去っていった。わたしが微妙な気遣いをしようがしまいが彼はきっとずっと傷つかない。これは無駄遣いされたわたしの微笑みへの追悼文。